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東京地方裁判所 平成6年(ワ)13352号 判決 1997年1月27日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

水口洋介

神田高

伊藤和子

井上幸夫

金澄道子

被告

キノ・メレスグリオ株式会社

右代表者代表取締役

渡邊眞一

右訴訟代理人弁護士

千葉尚路

森崎博之

田中克郎

松尾栄蔵

升本喜郎

寺澤幸裕

赤澤義文

長坂省

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告が被告の営業本部(東京都渋谷区渋谷三丁目一一番二号パインビル三階所在)において勤務する労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、平成五年五月以降復職するまで毎月二五日限り金三四万八七〇〇円及びこれに対する各支払期日の翌日以降支払済みまで年六分の割合による金員並びに金三四万八七〇〇円及びこれに対する平成六年七月二〇日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  被告は、レーザー等の電子光学部品の製造販売等を業とする株式会社であり、英国資本のメレスグリオグループに属しているが、日本メレスグリオ株式会社(以下「日本メレスグリオ」という。)とキノ精密工業株式会社とが平成元年一〇月に合併して成立したものである。被告は、平成五年三月当時、肩書住所地<埼玉県玉川村>に本社・玉川工場を、東京都渋谷区に営業本部(渋谷三丁目一一番二号パインビル三階所在)及び開発部(渋谷区三丁目一六番三号東和ビル三階所在)の二つの事業所を、神奈川県川崎市宮前区に配送センターを有していた(甲第一号証、第五号証)。

2  原告は、昭和六三年八月一日、合併前の日本メレスグリオに入社し、営業本部内の総務部経理課に配属され、以来平成五年三月まで同所に勤務していた。平成五年三月当時、原告に支給されていた給与の額は、基本給三一万六五〇〇円および諸手当三万二二〇〇円の合計三四万八七〇〇円(毎月一五日締め、二五日支給)であった。

3  原告は、平成五年二月八日、被告から同年三月一五日付けで退職するよう勧奨を受けたが、同年二月一五日これを断った。

4  被告は原告に対し、同年二月二四日、同年四月一日付けで、本社・玉川工場総務課への配置転換(以下「本件配転」という。)を命じた。

5  原告が本件配転に応じなかったところ、被告は原告に対し、同年四月一五日、就業規則五四条二、七及び八号により、同日付けをもって懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。なお、被告の就業規則の内容(関係部分)は、別紙のとおりである(乙第一号証)。

6  被告は、平成五年一二月に在籍する従業員に対して給与の一か月分相当の冬期賞与を支給した。

二  争点

1  原告の主張

(1) 本件配転命令の無効

ア 本件配転命令は、退職勧奨を拒否した原告に対する嫌がらせを目的としたもので、その狙いは通勤不可能な本社・玉川工場への配置転換を命じることにより、原告を退職せざるを得ない状態に追い込む不当な目的でなされたものである。

イ 本件配転命令については、何らの業務上の必要性がない。すなわち、原告が従前従事していた社内経費の支出の管理等の業務は依然として営業本部に残っており、同所経理課には従前四人いた管理職以外の従業員が原告を含めて一気に二人減ったことにより、残った二名の従業員の残業が著しく増加するなど、過重な負担が生じている。他方、本社・玉川工場には、総務課に三名、経理課に二名の従業員が配置されているうえ、営業本部から総務部長の黒川恒雄(以下「黒川部長」という。)が異動してくることになっており、しかも、被告において原告がその後任であると主張するKは、午前八時三〇分から午後三時までの短時間労働者であり、残業もなかったというのである。また、被告は、当初原告及びKに対して退職勧奨したときには、二人とも退職するものと予定しており、Kの後任は必要ないと判断していたものである。

ウ 原告の自宅<埼玉県草加市>から営業本部までの通勤時間は約一時間であったが、本社・玉川工場に通うには片道約二時間三〇分の通勤時間を要することになり、原告の年齢、健康状態等に鑑みれば、このような通勤を継続することは事実上不可能である。また、原告は、独身の女性であり、比較的安い賃料と安全で安定した居住生活を希望し、一〇年かけて公団住宅への入居を申し込み、漸く現在の住居に入居できたという経緯があり、老後も同所で安定した生活を続けていきたいと強く望んでいることから、通勤時間短縮のために本社・玉川工場の近辺に転居することも考えられない。したがって、本件配転は原告に甘受しがたい不利益を課すものである。

(2) 本件懲戒解雇の無効

ア 本件懲戒解雇は、以上のとおり無効な配転命令を拒否したことを理由とするもので、解雇の要件を欠き無効である。

イ 原告は、本件配転命令を受けた後被告と独力で交渉することに限界を感じて、全日本金属情報機器労働組合(以下「組合」という。)に加入し、平成五年三月一九日、被告に対して本件配転の撤回と団体交渉を申し入れた。しかし、被告は、団体交渉の申し入れを受け入れず、原、被告双方の弁護士による交渉を進めようとしたが結局進展しないため、組合は同年四月八日再度団体交渉を申し入れ、同月一四日、第一回目の団体交渉が行われることになった。しかしながら、その席上被告代表者からは、本件配転の具体的理由の説明はなく、原告が本社・玉川工場に通うには二時間三〇分もかかり事実上通勤できないことに対する具体的な配慮や措置もされないまま、「配転命令は撤回しない。」「玉川工場に行かないなら、やめてもらう。」と繰り返すのみで、三〇分ほどで団体交渉を打ち切ってしまった。これでは到底実質的かつ誠実な団体交渉とはいえず、しかも、その翌日には突然原告を懲戒解雇する旨通告してきたもので、本件懲戒解雇は、解雇権の濫用で無効である。

(3) よって、原告は、原告が被告の営業本部において勤務する労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、被告に対し、平成五年五月以降復職するまで毎月二五日限り三四万八七〇〇円の給与及びこれに対する各支払期日の翌日以降支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに平成五年冬期賞与として給与の一か月分相当額三四万八七〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年七月二〇日以降支払済みまで同じく年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

(1) 本件配転の合理性

ア 被告は、景気の低迷による経営状態の悪化に対するいわゆるリストラの一環として、平成五年二月以降人員削減策をとることとなり、正社員の退職を避けるべく、まずパートタイマー全員に対して退職勧奨を行ったが、原告自身が以前「辞めて欲しいときはいつでも言って下さい。」と申し出ていたため、同月八日被告代表者が原告と面談した際退職の意思を打診したにすぎず、本件配転命令は、退職勧奨を拒否した原告を退職に追い込む不当な目的でなされたものではない。

イ 被告の就業規則には、業務上の必要がある場合には、従業員に対し就業場所の変更を命ずることがある旨の規定(八条)があるところ、本件配転命令には業務上の必要性がある。すなわち、被告の本件総務部においては、この度のリストラによってパートタイマーのKが退職することとなり、その後任を補充する必要が生じた。また、被告では経営の合理化のため、配送センターを本社に統合したことや総務部の機能・権限を強化するため営業本部にいた黒川部長を本社に配置転換したことなどから、本社総務部の業務量が増大することは明白であった。一方、原告が営業本部で担当していた業務は、本社総務部におけるKの業務と殆ど変わらなかったし、そもそも量的にも少なく、質的にも特殊の技能を要するものではなかったので、他の従業員に引き継ぐことが容易であった。そこで、原告をKの後任として本社総務部に配置転換することが妥当であるという結論を得たのであり、また、原告以上にKの後任として相応しく、かつ、配置転換してももとの部署の業務に支障を生じない者は他にいなかった。

ウ 原告が現住所から本社・玉川工場に通勤したとしても、片道二時間程度で通勤することが可能であり、この程度の通勤時間は、首都圏で勤務する会社員にとっては特に長時間とはいえない。また、転居すれば現在の住居からの通勤時間はそもそも問題にならないし、公団住宅で家賃が安いから転居したくないという主張は、余りに身勝手な主張といわざるを得ず、被告に対して対抗できるようなものではない。原告は、独身で一人暮しの賃貸住宅に居住するものであり、原告が被ると主張している不利益は、労働者として当然に甘受すべき程度の不利益にすぎない。

(2) 本件懲戒解雇の有効性

原告は、以上のとおり有効かつ適正な本件配転命令を拒否したもので、明らかに業務上の指揮命令に違反するものであり(就業規則一九条)、本件懲戒解雇の時期には、原告を除く六名の従業員が本社・玉川工場に配置転換されており、それら他の従業員に対する影響も考慮しなければならなかったこと、原告は、本件懲戒解雇前一か月以上にわたって、上司が対話を求めても無言でカセットテープをまわし録音するなど常識的に極めて異常な行動をとっていること、また、一切引き継ぎ業務を行わなかったことなどの事情からすれば、「その事案が重篤なとき」(就業規則五四条七号)に該当する。

第三  判断

一  事実の経過

被告が原告に対して本件配転を命じ、本件懲戒解雇に至る一連の経過については、甲第一号証から第五号証まで、第七号証の一、二、乙第三、第四号証、第六号証、第二五号証、第二九号証並びに証人黒川恒雄の証言、原告本人及び被告代表者各尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  被告においては、平成三年三月ころから売上が減少しはじめ、営業部員を増やすなどの対策を講じたが減少傾向を止めることができず、平成四年九月決算までは黒字であったものの、同年一〇月から一二月までの三か月間で約九〇〇〇万円の赤字を計上した。そこで、平成五年一月以降経費の削減策を種々検討した結果、当面一か月一五〇〇万円の削減を目標として、配送センターの本社・玉川工場への統合、開発部の営業本部への統合によりそれぞれ賃料の削減を図るとともに、従業員への賞与の減額、役職手当・職務手当の削減、更には人員の整理をして、人件費の削減を図る方針をとることを決定した。そして、人員の整理については、本人への影響を考慮し、まずパートタイマーと準社員の退職を優先させ、その後正社員に退職を勧奨するという手順をとることにした。

2  被告代表者は、平成五年二月八日、営業本部及び開発部の従業員を集めて被告の現状を説明するとともに、経費削減のための前記方策をとることを表明し、その後個々の従業員と個別に面接してその方策への協力方を要請した。ところで、原告は、昭和六三年八月、当時日本メレスグリオの経理を担当していた藤本某の引きで同社に入社したものであるが、その藤本が平成元年一〇月の日本メレスグリオの合併に伴って退職した際、被告代表者に対し、藤本とともに原告も辞めた方がよければ退職する旨申し出たことがあった。その際には慰留したものの、このような経緯があったため、被告代表者は、この度の退職の勧奨に原告は応じてくれるものと考え、原告と個別に面接した際、来る三月一五日付けで退職するように要請した。しかし、原告は、急な話なので即答できないとして、一週間後に返答する旨約束したうえ、同年二月一五日、これを断わった。

3  被告においては、経営の合理化のため、配送センターを本社・玉川工場に統合し、営業本部にいた黒川部長を本社・玉川工場に配置転換する方針であったことなどから、本社・玉川工場の総務部(総務課、経理課)の業務量が増大することが予想された。ところが、同所の経理課に所属していたKがパートタイマーであったため、被告は、パートタイマーは例外なく退職させるとの方針に従って退職を勧奨し、Kもこれに応諾していた。そこで、被告は、退職を断った原告の配置を改めて検討した結果、原告が従来営業本部で従事していた社内経費の支出の管理等の仕事とKが本社・玉川工場で担当していた仕事が基本的に同じであったことなどから、原告をKの後任として本社・玉川工場に配置転換するのが合理的であると考え、翌二月一六日、被告代表者が原告に対し、本件配転に応じるかどうかを打診してみた。これに対し、原告は通勤が困難なことを理由に即座に断った。しかし、被告は、本件配転を実施する方針を変えず、同月二四日、原告に対して正式に本件配転を命じ、同月二六日には同月二五日付けの「転勤辞令」を交付しようとしたが、原告は通勤時間や健康状態を理由に同命令には応じられないとして、「転勤辞令」の受領を拒否した。更に、同年三月一二日には、被告の取締役会の会場に原告を呼び出し、その場で被告代表者が本件配転命令に従うよう説得したが、原告は拒否の姿勢を変えなかった。

4  原告は、肩書住所地に所在する賃貸の公団住宅に居住するものであるが、同所から営業本部までの通勤時間は一時間であるのに対し、本社・玉川工場までは電車、バスを乗り継いで片道二時間を超える道のりがある。原告は、独身女性で、長年かけて公団住宅への入居を希望し、漸く現在の住居に入居できたという経緯もあって、老後も同所で安定した生活を続けていきたいと強く望んでおり、本件配転を機会に転居しようなどとは全く考えられないところであった。

5  原告は、本件配転に応じるよう説得を繰り返す上司に対抗し、一人で交渉することに限界を感じて、同年三月一九日、組合に加入した。組合は被告に対し、同日、本件配転の撤回と団体交渉を申し入れたが、被告はこれを受け入れず、原、被告双方の弁護士による交渉を進めようとした。また、この前後から、原告は被告代表者をはじめ被告における上司が話しかけようとすると、持参したテープレコーダーのスイッチを入れて録音を開始し、原告からは一切答えようとしなかった。更に、同月二六日午後三時から開催された営業本部の総務部経理課の人事異動に伴う引き継ぎのための会議にも、原告は、体調不良を理由にその直前に早退して出席しなかった。弁護士間の交渉も、あくまで本件配転命令を維持しようとする被告と、その撤回を求める原告の主張の対立で折り合いがつかないまま、原告は、同年四月一日以降も依然として営業本部に出社し、本社・玉川工場には出社しなかった。また、原告は、四月一日以降被告から営業本部における原告使用の机、書類棚、ロッカー等の鍵の返還を要求されたが、本件懲戒解雇の通告を受けるまでこれらを返還しなかった。

6  弁護士間の交渉でも進展を見なかったため、組合は被告に対し、同年四月八日再度団体交渉を申し入れ、同月一四日、第一回目の団体交渉が行われる運びとなった。しかし、その席上でも、通勤の困難等を理由に本件配転命令の撤回を求める原告側と、撤回はできないとする被告側の主張が平行線のまま終始し、結局約三〇分くらいで物別れに終わった。その際、被告代表者は、翌日も原告が営業本部に出社してきたら解雇さぜるを得ない旨申し渡した。こうして、被告は、翌一五日、営業本部に出社してきた原告に対し、本件配転命令の違反を理由に懲戒解雇する旨通告した。

二  本件配転命令の効力

被告の就業規則には、業務上の必要がある場合は、従業員に対し就業場所の変更を命ずることがある旨の規定(八条)があり、原告が合併前の日本メレスグリオに入社するに際し、勤務地を東京都渋谷区に所在する営業本部に限定する旨の合意がなされたことを窺わせる証拠はないから、被告は個別的同意なしに原告の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限があるものというべきである。

そして、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど、特段の事情の存する場合は、当該転勤命令は権利の濫用になると解すべきである(最高裁判所第二小法廷昭和六一年七月一四日判決・判例時報一一九八号一四九頁参照)。

そこで本件についてみるに、前記争いのない事実等及び先に認定した事実によれば、被告は、経費削減の一環として人員整理の方策をとることにしたが、パートタイマーは優先的に、かつ、例外なく退職させる方針であったことから、本社・玉川工場の総務部経理課に所属していたKもその対象となり、本人も応諾して退職する運びとなった。ところが、一方、配送センターの統合や黒川部長の配置転換等により本社・玉川工場の総務部(総務課、経理課)の業務量が増大することが予想されたため、被告は営業本部でKと同種の仕事をしていた原告をKの後任に配置転換するのが合理的であると考えたというのであり、これらの事情からすれば、本件配転には業務上の必要性が認められる。

もっとも、原告は被告が当初原告及びKに対して退職勧奨したときには、二人とも退職するものと予定しており、Kの後任は必要ないものと判断していたはずであると主張するが、なるほどその時点においてはKの後任を予定してはいなかったとしても、Kが退職勧奨に応じ、原告がこれを断った時点において、改めて人員の合理的配置を検討することは十分にあり得るところであって、原告をもってKの後任に相応しいと判断したことに特段不自然な事情が見当たらない以上、この一事をもって本件配転の業務上の必要性を否定することはできない。

また、原告は、本件配置命令は、退職勧奨を拒否した原告に対する嫌がらせを目的にしたもので、その狙いは通勤不可能な本社・玉川工場への配置転換を命じることにより、原告を退職せざるを得ない状態に追い込む不当な目的でなされたものである旨主張するところ、原告に対してまず退職勧奨が行われ、これを断った翌日に本件配転の意向打診があったという事実経過などからすれば、原告がそのように受け取ったとしても無理からぬ面があり、被告において本件配転の必要性等について十分な説明を尽くしたといえるか疑問なしとしないけれども、先に認定した一連の経過に照らして、本件配転命令が原告を退職せざるを得ない状態に追い込む不当な目的でなされたものと断ずることは困難であり、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。

更に、原告の現在の住居から本社・玉川工場に通勤するには、片道二時間を超える通勤時間を要するというのであり、独身の女性である原告が漸く入居できた賃貸の公団住宅で老後も安定した生活を続けて行きたいと強く望んでいることも、心情として理解できないわけではないが、首都圏における通勤事情に鑑みれば、片道二時間を超えるといってもあながち通勤が不可能であるとはいえないし、通勤時間を短縮するために転居することが不可能な事情があるとも認めがたい。そうすると、結局、以上のような事情があるからといって、本件配転命令が原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとまではいうことができない。

以上のとおり、本件配転命令について権利の濫用と解すべき特段の事情は認められないから、これを無効とする原告の主張は採用できない。

三  本件懲戒解雇の効力

原告は、本件配転命令を拒否して平成五年四月一日以降も本社・玉川工場に出社しなかったものであるから、就業規則一九条に定める業務上の指揮命令に従う義務に違反するものである。そして、同年三月半ば以降被告代表者をはじめ上司が話しかけようとすると、無言でテープレコーダーのスイッチを入れて録音を開始したり、引き継ぎの会議に欠席し、鍵の返還に応じないなど原告がとった行動は、自己の信念に基づくとはいえ、余りに頑なと評するほかなく、就業規則一九条の規定に違反する場合であって、「その事案が重篤なとき」(就業規則五四条七号)に該当するといわれても仕方ないものである。

もっとも、前記のとおり、被告において本件配転の必要性等について十分な説明を尽くしたといえるか疑問なしとしないし、原告が通勤の困難等を訴えているのに、通勤の緩和策を考慮したり、若干の猶予期間を設けるなど、本件配転命令を受け入れ易くするための具体的な措置や配慮をすることもなく、半月後の四月一五日に本件懲戒解雇に及んだことは、やや短兵急に過ぎるのではないかとの批判は免れない。しかし、原告は三月半ば以降被告代表者をはじめ上司との対話を拒否する態度をとってきたのであり、組合や弁護士との交渉においても、双方の主張が真っ向から対立して歩み寄りが見られなかったことなどからすれば、その責めを専ら被告に帰することは酷というほかない。また、被告の就業規則には、懲戒解雇の事由の一として、「無届欠勤一四日以上に及んだとき」(五四条一号)との規定もある。そうであれば、このような事情があるからといって、本件懲戒解雇をもって解雇権の濫用とまでいうことはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって、原告の本件懲戒解雇の無効の主張もまた採用しがたい。

四  結論

以上のとおり、本件配転命令及び本件懲戒解雇はいずれも有効であると解すべきであり、原告の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判官萩尾保繁)

別紙キノ・メレスグリオ株式会社就業規則<省略>

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